177日目 GW大隅半島ドライブ~鹿屋・東串良
平成29(2017)年4月30日(日)
地元の人に「ダメだ」とダメ出しされてしまった鹿屋。
その真偽を確かめるべく中心部へ。
市役所・鹿屋市鉄道記念館より北方向→
右手には中心部へ行く県道68号線があり、そこをひたすら歩いてみます。
アーケード街→
人もいないけど、日曜日だからか開いているお店がほとんどないんだな、これが。
↓通りに面していたであろう建物もかなり取り壊された結果、アーケードと言えば暗いのが相場ですが、採光がバツグンによくなったのでかなり明るいです。

↓邪魔者がいないのをいい事に、ハトが自分の物だとばかり屋根を住処にしてしまっています。

動物というのは実にしたたかですなあ。
北田交差点北方向の国道504号線→
手前の空き地には昔市役所があったようです。奥の建物は「リナシティかのや」という商業施設。
ここらがまさに鹿屋の中心部たるべき所のようですが、やっぱり人がいません。
「リナシティかのや」のウラ→
鹿屋川を利用してこれだけの憩いの場を造ったにも関わらず賑わいがありません。
尤も立派なハコがあっても人が来てくれないのはここだけに限った事ではないのですが・・・。
↓北田交差点西方向の国道269号線に面する商店街も寂しい感じ。

↓国道504号線の西側に並行するウラ通りっぽい「水神横丁」。


車バイクの一台や二台止めていても、誰も迷惑しないと思うけど(そういう問題じゃないか)。
歩いてみて思い出したのは、ケンシロウのあの常套句。
鹿屋市鉄道記念館のおっちゃんの言葉はあながちウソでもない感じ。
鹿屋川の東側に沿う歓楽街「新天街通り」→
↓こんなにたくさんお店が集まっているのだから、飲み屋だけは大繁盛していそうな。

思うに鹿屋以外に周辺で遊べる町はなさそうだし、みんなここに寄って来るんでしょうね。
日没までにちょびっと時間があるので、もう一か所欲張ります。
郊外の道路にはロードサイト店はかなりの充実ぶり→
郊外のロードサイト店が廃れ、街中が賑わうという先祖返りする日はやってくるんだろうか?
↓(651)鹿児島県肝属(きもつき)郡東串良町(ひがしくしらちょう)

この町はこんな町→
人口は6,700人ほど。
串良郷と称された地域が明治22(1889)年にが東西に分かれ、東串良村として成立しその後町制施行。
一方の西は後に串良町となり、今では鹿屋市となる。
海岸部の肝属川(きもつきがわ、鹿屋市内では鹿屋川と呼ばれています)河口は、江戸時代、米の積み出しや琉球・唐との貿易で栄えたようです。
町の産業は、チリメンなどの水産業、ピーマン・キュウリなどの促成栽培、二期作されているお米など。
垣根の立派な家が多い役場前の道→
↓時間があれば国の史跡である唐仁(とうじん)古墳群へ行ってみようかと思ってましたが、ムリなので国鉄大隅線・旧東串良駅に行ってみます。

Wikipediaの串良駅の項目には「隣の東串良駅との間は600mしかなく、列車に乗り遅れても走って追いかければ間に合ったというエピソードが知られている」とあり、それにはウケました。
いかに国鉄の列車が鈍くて重かったが分かる話し。
東串良駅近くの商店街→
↓ひょっとして廃駅の屋根を再利用した?かの如き懐かしさいっぱいの待合所の屋根。

真っ暗になり、宿泊先である霧島市の国分駅近くのホテルに向かって初日は終了。
ホテルに向かう途中、ふと気づく。
「あれっ?何で鹿屋で宿を予約しなかったんだろう?」
鹿屋でも探したかもしれないけど気に入ったのがなかったのか、はたまた何も考えずに適当に国分のホテルに決めてしまったのか、予約時の事を当時も思い出せませんでしたが、勿論今でもそう。
ムダにくたびれ儲けばかりしている、ホントしょうもない私です・・・。
カッコしてあるのはこれまで行った所→
地元の人に「ダメだ」とダメ出しされてしまった鹿屋。
その真偽を確かめるべく中心部へ。
市役所・鹿屋市鉄道記念館より北方向→

右手には中心部へ行く県道68号線があり、そこをひたすら歩いてみます。
アーケード街→

人もいないけど、日曜日だからか開いているお店がほとんどないんだな、これが。
↓通りに面していたであろう建物もかなり取り壊された結果、アーケードと言えば暗いのが相場ですが、採光がバツグンによくなったのでかなり明るいです。

↓邪魔者がいないのをいい事に、ハトが自分の物だとばかり屋根を住処にしてしまっています。

動物というのは実にしたたかですなあ。
北田交差点北方向の国道504号線→

手前の空き地には昔市役所があったようです。奥の建物は「リナシティかのや」という商業施設。
ここらがまさに鹿屋の中心部たるべき所のようですが、やっぱり人がいません。
「リナシティかのや」のウラ→

鹿屋川を利用してこれだけの憩いの場を造ったにも関わらず賑わいがありません。
尤も立派なハコがあっても人が来てくれないのはここだけに限った事ではないのですが・・・。
↓北田交差点西方向の国道269号線に面する商店街も寂しい感じ。

↓国道504号線の西側に並行するウラ通りっぽい「水神横丁」。


車バイクの一台や二台止めていても、誰も迷惑しないと思うけど(そういう問題じゃないか)。
歩いてみて思い出したのは、ケンシロウのあの常套句。
鹿屋市鉄道記念館のおっちゃんの言葉はあながちウソでもない感じ。
鹿屋川の東側に沿う歓楽街「新天街通り」→

↓こんなにたくさんお店が集まっているのだから、飲み屋だけは大繁盛していそうな。

思うに鹿屋以外に周辺で遊べる町はなさそうだし、みんなここに寄って来るんでしょうね。
日没までにちょびっと時間があるので、もう一か所欲張ります。
郊外の道路にはロードサイト店はかなりの充実ぶり→

郊外のロードサイト店が廃れ、街中が賑わうという先祖返りする日はやってくるんだろうか?
↓(651)鹿児島県肝属(きもつき)郡東串良町(ひがしくしらちょう)

この町はこんな町→

人口は6,700人ほど。
串良郷と称された地域が明治22(1889)年にが東西に分かれ、東串良村として成立しその後町制施行。
一方の西は後に串良町となり、今では鹿屋市となる。
海岸部の肝属川(きもつきがわ、鹿屋市内では鹿屋川と呼ばれています)河口は、江戸時代、米の積み出しや琉球・唐との貿易で栄えたようです。
町の産業は、チリメンなどの水産業、ピーマン・キュウリなどの促成栽培、二期作されているお米など。
垣根の立派な家が多い役場前の道→

↓時間があれば国の史跡である唐仁(とうじん)古墳群へ行ってみようかと思ってましたが、ムリなので国鉄大隅線・旧東串良駅に行ってみます。

Wikipediaの串良駅の項目には「隣の東串良駅との間は600mしかなく、列車に乗り遅れても走って追いかければ間に合ったというエピソードが知られている」とあり、それにはウケました。
いかに国鉄の列車が鈍くて重かったが分かる話し。
東串良駅近くの商店街→

↓ひょっとして廃駅の屋根を再利用した?かの如き懐かしさいっぱいの待合所の屋根。

真っ暗になり、宿泊先である霧島市の国分駅近くのホテルに向かって初日は終了。
ホテルに向かう途中、ふと気づく。
「あれっ?何で鹿屋で宿を予約しなかったんだろう?」
鹿屋でも探したかもしれないけど気に入ったのがなかったのか、はたまた何も考えずに適当に国分のホテルに決めてしまったのか、予約時の事を当時も思い出せませんでしたが、勿論今でもそう。
ムダにくたびれ儲けばかりしている、ホントしょうもない私です・・・。
カッコしてあるのはこれまで行った所→

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