22日目 信州中南部 その2
2012年9月8日(土)
今日は松本市から始まります。
松本駅お城口→
本来であれば役所へ行き、松本城や旧開智学校を観光すべきですが、行きません。
また来るであろうからその時にというのもあるのですが、松本から今日のメインの上伊那地域へ行く直通電車があり、役所などへ行ってその電車にも間に合わせようとすると朝が慌しくなるというのが第一の理由です。
さて、まずはその電車でJR飯田線の伊那松島という駅までゆったりと行きます。
飯田線というのは愛知県の豊橋駅から長野県の辰野駅までの約200キロを結ぶ路線で、駅数が100近くあるので、走ってはすぐ停まる、走ってはすぐ停まるを繰り返すような感じの路線です。
元々人気のある路線でしたが、近年の秘境駅ブームによりそれを多数抱えた飯田線は一段と注目されてます。天竜川の渓谷もきれいですね。
ただし、今日はそのハイライト部分へは行きませんが。
朝から暑く、役場までに行く坂がきつい上に、昨日痛めた膝痛がぶりかえして出だしの悪いスタートになりました。
伊那松島駅→
↓(114)長野県上伊那郡箕輪町役場

役場近くに郷土博物館があり、時間的に余裕もあるので、学芸員資格を持っている私としては入らないわけにはいきません。
郷土博物館前に保存の機関車→
博物館は、①資料収集 ②資料整理保管 ③調査研究 ④展示(教育)といった四つの機能を備えていなければいけませんが、①②③は充実度は外部から窺い知ることは難しく、一般人が直に触れられるのは主に④だけで、そういう意味では、ここの博物館の④は今一つという感じがしました。
それと全く知られていない事ですが、公立の博物館では入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない、と法律では規定されています。
まぁ、得てしてこういうものには例外が付き物で、それによって料金を取っている訳ですが・・・
伊那松島駅に戻りまして、次に行く所は伊那市です。
電車に乗り込んだところ、高校生で一杯となってました・・・
何故かこの路線はいつ乗っても高校生が多く、ある意味、賑やかで活気があって、個人的にはいい車内光景だと思っているんですけどね。
伊那市駅から歩くこと20分ほどで役所に着きます。
伊那市駅前→
↓駅前商店街

ひっそりとしています。
↓役所へ行く途中にあるあばら家

(115)長野県伊那市役所→
伊那市の東部に高遠(たかとお)という城下町があり、桜でも有名な所です。
↓天竜川

平成大橋より(上流方向)

同(上流方向)
伊那市を去り、さらに伊那地域の奥へと、駒ヶ根市へ行きます。
乗った電車に鉄道地図なる冊子と睨めっこしている本格的ないわゆる鉄子さんがいて、駅に止まるたびに駅名標を写している・・・
頑張れよ!という感じで、駒ヶ根市役所の最寄り駅の小町屋という駅で降りました。
ちなみに私は駅名標を写す趣味はなく(珍しい駅名は写すこともありますが)、それと車両の××系などというものにも興味なく、寧ろ全然分かりませんので、あしからず。
小町屋駅→
↓(116)長野県駒ヶ根市役所

駒ヶ根市の人口、3万人余り。市名は木曽駒ケ岳の根っこに位置することに由来するらしいです。
昭和29年に赤穂町、宮田町、中沢村、伊那村の4町村が合併して成立した市です。
当時は3万人の人口で市になれたのですが、近くそれが5万人に条件が上がるという噂があって、早く市になりたい行政側の主導で合併が急がれました。
実はそれが引き金で、ある珍しい事が起こりました。その事は後ほど・・・
この駒ヶ根で飯田線を逆戻りします。
その方面の電車が来るまでに少し時間がありますので、(以前にも来たことはありますが)町の散策を兼ねて駒ヶ根駅まで歩きます。
↓商店街



やはりここも苦戦しています。
駒ヶ根駅前→
駅前のブロンズ像「あこがれ」→
駒ヶ根駅から2つ目の駅である宮田(みやだ)駅で下車します。
↓(117)長野県上伊那郡宮田村役場

↓役場横のグラウンドでやっていたソフトボールの試合をしばし観戦

↓木曽駒ケ岳方向を望む

↓この村は古くは宿場で随所にその名残りが見られます。




さて、ここでこの宮田という地名、お気づきでしょうか?
駒ヶ根市の合併で名を連ねていた「宮田町」です。
この合併は赤穂町(今の駒ヶ根市の中心部)の主導で話しが進み、合併も決定されたのですが、赤穂町と非常に仲が悪かった宮田町の住民のほとんどは合併に絶対反対の大合唱で、ついには国や県を巻き込んだ騒動となりました。
結局、一旦合併して市を成立させ、その後旧宮田町が分かれるということで落ち着きましたが、市にさえなってしまえば、たとえ人口が減っても市から降格しないという法律の盲点を突いた合併でした。
つまりこの宮田村は、町→市→村と姿を変えたという意味で珍しいのです。
ちなみに今まで市から降格した事例は一度もないそうです。
次の訪問先は南箕輪村です。
最寄り駅は北殿駅です。
しかし、駅前からいきなりの急坂です。落ち着いていた膝がまた痛くなる・・・
北殿駅前→
↓しんどい坂道を登る


↓(118)長野県上伊那郡南箕輪村役場

今日の上伊那郡の最終訪問地は辰野町です。
↓宮木駅から歩きます。

↓(119)長野県上伊那郡辰野町役場

ホタルで町おこしをしています。
↓あと12年


横川川→
辰野駅までブラブラします。
↓廃れた商店街(そればっかりで恐縮ですが・・・)


これまでいろいろと地方の町を見ましたが、駅前商店街はどこもこんな感じです。
その一方で幹線道路沿いは大型店舗で賑わってます。
特にこの辰野町は昔は中央線特急・急行が停まってましたが、岡谷から松本方面への短絡路が開通し特急・急行が通らなくなったこともきっと相当影響しているでしょう。
辰野駅から岡谷駅を経て、下諏訪駅で降ります。今日の最後の訪問です。
駅前の御柱→
↓(120)長野県諏訪郡下諏訪町役場

とある小児科医院の入口にて→
オルゴール通り→
駅から北側へ続く商店街をこう呼びます。「諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館」が歩いて10分ほどのところにあります(今日はもう閉館、残念)。
中仙道(国道20号線)→
↓下諏訪駅で17時40分発千葉行きあずさを見送る

(これに乗れば2時間早く帰れると)ちょっと心が揺れましたが、(乗車券と特急券を改めて買わないといけないので)ケチが勝った・・・
手前の石像は「万治の石仏」の2分の1の大きさのオブジェです。
駅構内の風鈴→
風が吹くとカラカラいい音。それと駅ではオルゴールがずっと流れていてとてもいい感じです。
諏訪湖→
下諏訪駅から甲府行きに乗りましたが、小淵沢駅で降りて、ビールやおつまみを調達し始発電車の大月行きに乗ります。
↓すっかり日も暮れた小淵沢駅

懐かしい塗装の電車です。
↓甲府盆地の夜景


東京駅中央線ホーム→
総武快速線で帰ります。
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今日は松本市から始まります。
松本駅お城口→

本来であれば役所へ行き、松本城や旧開智学校を観光すべきですが、行きません。
また来るであろうからその時にというのもあるのですが、松本から今日のメインの上伊那地域へ行く直通電車があり、役所などへ行ってその電車にも間に合わせようとすると朝が慌しくなるというのが第一の理由です。
さて、まずはその電車でJR飯田線の伊那松島という駅までゆったりと行きます。
飯田線というのは愛知県の豊橋駅から長野県の辰野駅までの約200キロを結ぶ路線で、駅数が100近くあるので、走ってはすぐ停まる、走ってはすぐ停まるを繰り返すような感じの路線です。
元々人気のある路線でしたが、近年の秘境駅ブームによりそれを多数抱えた飯田線は一段と注目されてます。天竜川の渓谷もきれいですね。
ただし、今日はそのハイライト部分へは行きませんが。
朝から暑く、役場までに行く坂がきつい上に、昨日痛めた膝痛がぶりかえして出だしの悪いスタートになりました。
伊那松島駅→

↓(114)長野県上伊那郡箕輪町役場

役場近くに郷土博物館があり、時間的に余裕もあるので、学芸員資格を持っている私としては入らないわけにはいきません。
郷土博物館前に保存の機関車→

博物館は、①資料収集 ②資料整理保管 ③調査研究 ④展示(教育)といった四つの機能を備えていなければいけませんが、①②③は充実度は外部から窺い知ることは難しく、一般人が直に触れられるのは主に④だけで、そういう意味では、ここの博物館の④は今一つという感じがしました。
それと全く知られていない事ですが、公立の博物館では入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない、と法律では規定されています。
まぁ、得てしてこういうものには例外が付き物で、それによって料金を取っている訳ですが・・・
伊那松島駅に戻りまして、次に行く所は伊那市です。
電車に乗り込んだところ、高校生で一杯となってました・・・
何故かこの路線はいつ乗っても高校生が多く、ある意味、賑やかで活気があって、個人的にはいい車内光景だと思っているんですけどね。
伊那市駅から歩くこと20分ほどで役所に着きます。
伊那市駅前→

↓駅前商店街

ひっそりとしています。
↓役所へ行く途中にあるあばら家

(115)長野県伊那市役所→

伊那市の東部に高遠(たかとお)という城下町があり、桜でも有名な所です。
↓天竜川

平成大橋より(上流方向)

同(上流方向)
伊那市を去り、さらに伊那地域の奥へと、駒ヶ根市へ行きます。
乗った電車に鉄道地図なる冊子と睨めっこしている本格的ないわゆる鉄子さんがいて、駅に止まるたびに駅名標を写している・・・
頑張れよ!という感じで、駒ヶ根市役所の最寄り駅の小町屋という駅で降りました。
ちなみに私は駅名標を写す趣味はなく(珍しい駅名は写すこともありますが)、それと車両の××系などというものにも興味なく、寧ろ全然分かりませんので、あしからず。
小町屋駅→

↓(116)長野県駒ヶ根市役所

駒ヶ根市の人口、3万人余り。市名は木曽駒ケ岳の根っこに位置することに由来するらしいです。
昭和29年に赤穂町、宮田町、中沢村、伊那村の4町村が合併して成立した市です。
当時は3万人の人口で市になれたのですが、近くそれが5万人に条件が上がるという噂があって、早く市になりたい行政側の主導で合併が急がれました。
実はそれが引き金で、ある珍しい事が起こりました。その事は後ほど・・・
この駒ヶ根で飯田線を逆戻りします。
その方面の電車が来るまでに少し時間がありますので、(以前にも来たことはありますが)町の散策を兼ねて駒ヶ根駅まで歩きます。
↓商店街



やはりここも苦戦しています。
駒ヶ根駅前→

駅前のブロンズ像「あこがれ」→

駒ヶ根駅から2つ目の駅である宮田(みやだ)駅で下車します。
↓(117)長野県上伊那郡宮田村役場

↓役場横のグラウンドでやっていたソフトボールの試合をしばし観戦

↓木曽駒ケ岳方向を望む

↓この村は古くは宿場で随所にその名残りが見られます。




さて、ここでこの宮田という地名、お気づきでしょうか?
駒ヶ根市の合併で名を連ねていた「宮田町」です。
この合併は赤穂町(今の駒ヶ根市の中心部)の主導で話しが進み、合併も決定されたのですが、赤穂町と非常に仲が悪かった宮田町の住民のほとんどは合併に絶対反対の大合唱で、ついには国や県を巻き込んだ騒動となりました。
結局、一旦合併して市を成立させ、その後旧宮田町が分かれるということで落ち着きましたが、市にさえなってしまえば、たとえ人口が減っても市から降格しないという法律の盲点を突いた合併でした。
つまりこの宮田村は、町→市→村と姿を変えたという意味で珍しいのです。
ちなみに今まで市から降格した事例は一度もないそうです。
次の訪問先は南箕輪村です。
最寄り駅は北殿駅です。
しかし、駅前からいきなりの急坂です。落ち着いていた膝がまた痛くなる・・・
北殿駅前→

↓しんどい坂道を登る


↓(118)長野県上伊那郡南箕輪村役場

今日の上伊那郡の最終訪問地は辰野町です。
↓宮木駅から歩きます。

↓(119)長野県上伊那郡辰野町役場

ホタルで町おこしをしています。
↓あと12年


横川川→

辰野駅までブラブラします。
↓廃れた商店街(そればっかりで恐縮ですが・・・)


これまでいろいろと地方の町を見ましたが、駅前商店街はどこもこんな感じです。
その一方で幹線道路沿いは大型店舗で賑わってます。
特にこの辰野町は昔は中央線特急・急行が停まってましたが、岡谷から松本方面への短絡路が開通し特急・急行が通らなくなったこともきっと相当影響しているでしょう。
辰野駅から岡谷駅を経て、下諏訪駅で降ります。今日の最後の訪問です。
駅前の御柱→

↓(120)長野県諏訪郡下諏訪町役場

とある小児科医院の入口にて→

オルゴール通り→

駅から北側へ続く商店街をこう呼びます。「諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館」が歩いて10分ほどのところにあります(今日はもう閉館、残念)。
中仙道(国道20号線)→

↓下諏訪駅で17時40分発千葉行きあずさを見送る

(これに乗れば2時間早く帰れると)ちょっと心が揺れましたが、(乗車券と特急券を改めて買わないといけないので)ケチが勝った・・・
手前の石像は「万治の石仏」の2分の1の大きさのオブジェです。
駅構内の風鈴→

風が吹くとカラカラいい音。それと駅ではオルゴールがずっと流れていてとてもいい感じです。
諏訪湖→

下諏訪駅から甲府行きに乗りましたが、小淵沢駅で降りて、ビールやおつまみを調達し始発電車の大月行きに乗ります。
↓すっかり日も暮れた小淵沢駅

懐かしい塗装の電車です。
↓甲府盆地の夜景


東京駅中央線ホーム→

総武快速線で帰ります。
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